2012年12月01日

逆支援の峠道 (最後のフロンティア 7 ミャンマー編)

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(援蒋ルート)

(つづき・・・マンダレーを出発したシェアタクシーは、かつて連合軍が蒋介石を支援した道を辿って、シャン族の土地を目指して峠道を疾駆している。)・・・

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 登り坂一辺倒の九十九折の峠を越えると、やがて一気にあたりは涼しくなり、窓からは心地よい涼風が入り込んでくる。そこはピン・ウールィン(Pyin U Lwin)、以前はメイミョーと呼ばれた高原地帯だ。

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(ピン・ウールィン(Pyin U Lwin)の街)

 植民地時代、下界の猛暑にほとほと疲れ果てた支配者・イギリス人が切り開いた高原の避暑地らしく、日本で言えば軽井沢みたいなところか。町に入ると、並木の傘が美しく覆い、その国道沿いにはドライブインや商店が建ち並んではけっこうな賑やかさを放っている。

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(イギリス時代の名残の教会 【ピン・ウールィン(Pyin U Lwin)にて】)

 そのドライブインはけっこうな熱気に包まれていて、30種類以上もあるカレーがテーブルの上に並べられては、好きなカレーをご自由にライスの上に盛ってください、というスタイルだ。鳥肉カレーに牛肉カレー、羊肉にジャガイモカレーなど、香りに誘われてなかなか楽しいではないか。

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(カレー三昧のドライブイン)

 お会計のやり方に迷っていると、同乗していた中国人が助けてくれ、おまけにお会計まで世話になってしまった。
『客人には払わせない』と彼はカタコトの英語でそう答え、私はしばし躊躇したが、彼の言葉に甘えることにした。以来、車の中では連中と和気あいあいと旅が進んだのは言うまでもない。

 さて、この辺からシャン州に入る。シャン州にはタイ系統のシャン族という、ビルマ族に次いで2番目に大きい勢力の民族の地であるが、州の中の県によってだいぶ異なり、政治的にミャンマー政府と対立する勢力が今でも活発な活動をしているために、近年まで外国人がなかなか自由に旅行が出来なかった。

 さて、そこからは一転して高原のさわやかな道路となり、点在する林を突き抜けて快調に車は北東方向の街道をすっ飛ばすのであった。すると、待ちに待った鉄道線路が道路を横切るではないか。これが後の主役であるマンダレー〜ラーショ線である。雑草に覆われ、かなり朽ち果てているので本当に列車が動いているのか心配になるが、一応1日1往復は走っているらしい。

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(やっと出会えた鉄路)

 街道はこの線路としばらく併走する。やがて線路が離れ、道路が北方向に針を向け、一気に腸のように崖をジグザグ降り始める。

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(さっきの峠よりも一段と厳しい)

 そして、その谷底に到達すると小さな川を渡る。

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(大渓谷を削る谷底の川)

 これが後に今回の主役である渓谷なのだ。なぜ主役になるのかは、後で述べる。

 そして再び超傾斜道を登る。ガソリンを積んだローリーが、急坂に悲鳴をあげてわき道でドロップアウト寸前で埃を巻き上げているのを眺めてながら我がタクシーは横目で流し、車道はいったん北方向に伸びて標高を稼ぐ。

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(大型車はもがく)

 そこから逆V字のように南へターンをすると、たるんだロープのような線形で斜面を登っている鉄道線路とまたかち合う。まさか列車は、あの道路のようなつづら折り方式であの谷底を越えているのであろうか。

 こうしてなかなか面白い援蒋ルートの地形であるが、戦争中はさぞかしこの難儀な道に泣かされたであろう。この道は今でもマンダレーと中国とを結ぶ重要幹線であり、中国に向かうトラックがけっこう走っているので、現代においてもこの援蒋ルートは‘援中ルート’として生きているのだ。因みに、中国に物資を補給するための道路でもあるが、今では逆にミャンマーに物資を輸送する逆援蒋ルートになった感がある。この道を通じて中国から大量の人や物資そして文化がなだれ込み、そして現在、その中国パワーにミャンマーは染められつつある。

 マンダレーより約200キロ、車はシポー(Hsipaw)に到達する。ビルマ名ティボー(Thibaw)と呼ばれるこの町の宿に、私は降り立ち、今宵の最北端地点とした。世話になった運転手や中国人たちに礼を告げ、車は中国方面へ消えていった。

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(マンダレーから世話になったシェアタクシー)

 時間の関係で今宵の旅の最北端をここにする。なぜここを最終目的地にしたのか、私もよく分からない。ただ、温泉があるというガイドブックの記述や、何となく雰囲気が良さそうだ、という曖昧な理由付けでここにしたのだ、と宣言してもいいかもしれない。

 一人残された私に、欧米人観光客慣れした高級宿のシャン族スタッフのウェルカム待遇に根気負けし、この幾分心地良さそうな宿で2泊お世話になることにする。

(つづく)(次回は4日 火曜日ごろ)

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posted by kazunn2005 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行
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