2012年10月12日

3.泰麺世界の旅 明けない夜

 バンコク時間朝4時半、次なる国への期待よりも、「今日はいったいどうなるのであろうか」という鋭い不安ばかりが濃くなっていた記憶がある。

 洗練されたバンコク国際空港から飛びたった飛行機は、雲の中へ突入し、しばらくみなかった太陽の光線が天井界を照らしている。小さな窓の向こうはそんな軽やかな風景が広がりはじめた。この雲の白色、そして青い宇宙は先進国だろうか後進国だろうが、熱帯だろうが寒帯だろうが同じであることになぜ今まで気付かなかったのであろうか。

 バンコクから約1時間半、飛行機はヤンゴン国際空港に到着した。バンコクのそれと比べて熱帯の木々が滑走路周辺を取り囲む、田舎っぽい雰囲気をかもし出していて、それがいっそうこの国のうっそうとした情勢のイメージを増殖させていた。
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 ところが入ってみると、空港の入管や税関の係官は拍子抜けするほど暖かく、検査も全く厳しくなかった。おまけに空港の両替レートも悪くはない。ただし、この国は日本円からの両替は極めて難しく、USドルかユーロ、シンガポールドルしか受け付けてくれない。第一、1ドル≒859K(チャット)ていったいいくらなんだ、と思いながら90ドルを両替したら、意外数が多い5000チャット札にドカンと変身してくるではないか。第一、これがどのくらいの価値なのであろうか、と思いながら、札を15枚ほど数えていた。
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 初めての国は恐怖と好奇心の狭間で心を躍らせてくれる。街に出れば雰囲気や匂いから始まり、文字、話し言葉、お金、看板、信号機、人々の服装、車の形、バスの混雑度、道路の凹凸の具合、店先の様子・・・何から何までため息が出るほど戸惑いの塊が飛び出してきた。しかし、あっちに驚き、こっちに驚き、といった、若いころの感受性はあまりなく、そんな心を放棄してしまった自分が少し悲しくなった。

 そういう事で、ただいま、ミャンマー連邦の旧首都ヤンゴンにいる。
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 ところで、私が感じているその匂い、つまり余韻とは、かつて、十数年前だたっけな、カンボジアで感じたサバイバルな感触に似ているような気がする。見るもの映るものみな激しく、新鮮で、そして鼻にくる強い匂いをいつも感じている。例えば、どぶ臭い路上ででんぐり返しをするもの、駅の切符売り場が野良犬の集団で占拠されていること、屋台の飯が怖くて食べられないこと、煤だらけのタクシーの運ちゃんがどうにも信用できない・・・など、必ず‘匂い’がある。そしてその匂いたちは、私に生存をかけた旅をしている錯覚に久しぶりに陥らせるのだが、ただ、自分でも意外だと思ったのは、思いのほかうろたえることなく淡々と行動を起こしていることだった。

 その生存本能が最高潮に達したのは、昨夜のナイトクラブでの出来事だった。 少し詳細を話そう。いや、話さずに居られない。

 空港で知り合った日本人が、一人のミャンマー人を連れてきた。旅行エージェントに所属しているという彼の名は『ココ』というらしい。彼はごく普通のミャンマー人だが、英語が非常に堪能な男のようで、こういった輩で信用できるかできないかの分岐点は彼の眼である。それだけで判断できるかどうかは謎だが、そのあまり綺麗とは言えない目をみて、100パーセントとはいかないまでも彼にいろいろ教わることを決心した。
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 そんなわけで、彼の導きによりみんなで前のめりになって夜の遊びに繰り出した。初めての国でそれも初日の夜に危険度マックスの夜総会とは私も落ちたものである。私たちを乗せた車はヤンゴン市街のはずれの闇の住宅地の一角に足を留め、あれよあれよという間に、怪しい簡略漢字が掲げられている`とあるクラヴに吸い込まれた。
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 そのクラヴ、いやディスコはそのすさまじい音響と振動で来る者を惑わせ、なんだかいやらしくて危険な魔力を思いっきり拡散させていた。

 どうやら中国系の店らしく、ぼったくり100パーセントの按摩も兼ねそろえている、どうにもこうにも怪しい感満点の毒華があちこちに咲き乱れ、私は心の中でうろたえるしかなかった。ミャンマーはつい最近まで中国べったりの外交方針だったので、裏社会は完全に中国系が支配してしまっている。ミャンマー人にとって‘悪は中国から‘というのが概念にあり、これに危機感を持った現政権が急に西側へすり寄りの方針転換をしたのはそうした背景も一つにあるのだ、と後で聞いたミャンマー人は言っていた。

 さあ、夜10時から始まったディスコは、厳つい軍政の警察官の監視の下、まずは綺麗なお姉さん方たちによるファッションショーから繰り広げられ、どうにも血脈を上げさせてくれる薄着の赤いドレスのお姉さま方がステージでアピールしている。これは彼女たちの衣装を強調しているのではない事だけは私にも察しがついてしまい、そんな彼女たちを眺めていたら、この音響がやがて遠くに響くような妄想のお花畑に誘われてしまっていた。

 すると、私が日本人ということがどうもバレバレのようで、あちこちから女の子たちがスリ擦り寄ってくる。日本人は人気者のようで、忙しいったらありゃしない。基本的には私から声を掛けることが礼儀のようなのだが、ウインクや視線を生暖かく飛ばしながら、なかなかアピール力を誇示してくることに私もたじたじだった。
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 しかし、ミャンマーの物価は下手をするとタイより高い。その高さにがっかりの私だが、ここ女の子の相場も同様だ。男という生き物は悲しいものである。毒の蜜に誘われては今までどのくらいの日本人男が夜の餌になっていったことやら。

 時計は日付をまたいで1時...2時と回ってゆく。あれだけいたお姉ちゃんも次第に姿が少なくなり、もう、けっこう商談が成立したのであろうか。残っているお姉さまは次第に焦りが見え始めてきた。

 一方、私は一杯150円ほどのビールをチビチビ飲みながらこの雰囲気に酔っていた。もう疲れてしまい、ダレ てきた頃、一人の女が私の隣に座った。隣の椅子に座ることなど珍しくないのだが、彼女のは、いきなり私の頬の頭をつけ、乏しい英語で私を誘っては、瞳の力で私を彼女の蜜でがんじがらめにしてゆく。

 こうして気がついてみれば私はこの女の子と戯れるようになり、酔いに任せて記憶も放り出してしまっていた。
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 こうして長い夢の後、ついにディスコが閉まる時間となった。

 音響が一斉に静まり返り、大勢の人間たちが外に繰り出しはじめたその時、すると、私を誘った自称旅行エージェントのミャンマー人‘ココ’のところに7,8人の男たちが押しかけては何やら揉め事が始まった。現地語でエキサイティングしてゆく彼らが、何が原因で口論になっているのか私にはさっぱりわからない。

 そこに、別件であちらの方から鋭い声が発せられ、たちまち暴力沙汰の乱闘が向こうで始まった。そんな危険きわまるエキサイティングな雰囲気に呑まれたのか、こちらも悪の余韻がモンモンと垂れ込み、ついには喧嘩相手のタクシー運転手たちが棍棒や車修理用のバーを掲げては「殺すぞ!」ときた。これはまずい状況だ。本当にまずい。

 われわれは何でもいいからここから立ち去るべく1台のタクシーに無理やり押し込み、お姉ちゃんを含め6人を乗せた車は猛烈な急発進をして街中へ向かって逃げるように、いや、実際逃げているのだが、その場を去った。

 ココはタクシーの中でも興奮している。いったい何が起こったのか、場所を街中の食堂に変えて話を聞いてみることにした。

 朝4時、開いたばかりのその食堂では、クラヴでの怪しい雰囲気など知る由もなく店の従業員が煮込みのスープに夢中にっていた。そんな落ち着いた環境なのに、ココの興奮した声があたりを一気に鋭くするばかりだ。そこで、私は落ち着きを取り戻すため、全員に一杯のコーヒーをごちそうした。

 事情が少しわかってきた。どうやら、私と仲良くなったこの女が、実はクラヴのボスのお気に入りの娘だそうで、手下のタクシー運転手たちがココに殴りかかるようにして鬼の血相をしていたのは、
「彼女の要求を少しでも拒んでみろ。お前は生きては出国させないからな!」
という内容だったらしい。おまえとは、私のことである。それを聞いて私は血が引いてゆくように青ざめた。

 ココは、
「おれはただ通訳をしただけだ。何で俺がこんな目にこんな目にあわなければいけないのか!でも悪いのはあなたではない。でも、今後のあなたのことが心配だ」

 女は私の隣にまだいる。さて、いったい私はどうするべきなのか。長い一日の明けない夜はまだ続く。
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posted by kazunn2005 at 14:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行
この記事へのコメント
ミャンマーに突入しましたか…!
近頃、日本との貿易も急増し、変化が激しいらしいですね。
そして さっそく夜の町へと繰り出したんですか〜
しかも ボスの娘に手を出し…!?

なかなか楽しい旅だったようで!!
Posted by 清水しゅーまい at 2012年10月13日 15:50
しゅーまいさん、こんばんは。
なかなか楽しい・・・旅だったかもしれませんが、楽しければ楽しかったほど、帰国後の現実が辛く感じるものです。ただ、今回のミャンマー旅行、なかなか得るものが多かったです。
Posted by kazunn2005 at 2012年10月15日 00:51
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