2012年12月11日

草のてつ道 (最後のフロンティア 10 ミャンマー編)

 ● Dn 132

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 マンダレー行き 第135列車は、予定より1時間弱ほど遅れてシポー(Hsipaw)の駅を出発した。

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(第132列車時刻表)

 列車は、機関車 プラス 客車5輌&尻尾に荷物車2輌の計8輌編成で、一般等級車‘Orginally’車輌がメインの連なりだ。

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(132列車の連なり)


(動画3:ゆっくりと進む第132列車)

 一般座席車は、傷だらけなガチンゴチンの木製の椅子だ。草木が散らかり放題の床から湧き上がる緑色の臭気や熱気の草いきれが車内に充満していて、それもそのはず、線路際で大いに伸びている高い雑草が日々力強く成長するので、列車が1日おきに通るたびに巻き込まれては、開いた窓から草刈り機械のごとく‘バリバリ’と切り込まれて車内に飛び散るのだ。そんな強靭草の怖さを知らないおかげで、私も外の風景を写真に収めている最中に、笹の茎に見事に襲われて手のひらを切ってしまう。


(動画4:線路際の草の襲撃の様子)

 列車は‘ダダン♪〜ダダン♪〜(&グジャグジャグジャ)と草を掻き分ける雑音を混ぜながら、とうもろこし、ひまわり、スイカの畑、ヤシの木の林、そして水田の中をゆっくり、ゆっくりと時速40km/h程度の速さで進んでゆく。道路からの景色と違い、鉄道からの風景はより一層大地が近く、先に伸びるか細い鐡路は低い草々に埋もれていて、まるでじゅうたんの道を這うように進んでいる。だが、どんなに自然と一体化していようと、重要なのは、この鐡路は今もまだ生きているということであり、悲しき廃線では決して無いという事だ。単なる自然の大地なら、私にとってこの景色すべてに価値はない。

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(草の道をゆく列車)

 列車は、右に左にくねりながら鐡路が導く道のとおりに翻弄され、そのかすかに光る溝色の銀路が少しでも勾配の少ない有利な道を示してくれている。時折集落が見え始めると、まるで存在を誇示するようにタイフォンを鳴り響かせ、それに人々が気づく頃、まもなく小さな駅に到着する、といったテンポで汽車旅は流れてゆく。

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(小さな駅にとってはこのこの列車は外の世界とを結ぶ唯一の架け橋)

 面白い物語の一コマとは日常の中にある。ここで感じる貴重なこの時間も、ほぼすべてが地元客で染められていることこそが重要であり、この車内ではただのいつもの一こまに過ぎない光景が私にとって愛おしい。行商人が担いできたパイナップルの山がデッキに山積みになっていたり、親戚の家に遊びに行こうとしている大家族が大いに奇声を挙げて落ち着かなかったり、賭博に夢中になっている怠け者の男たち、といったこのローカル劇場は、日々の日常であり何でもないことなのだ。それを今、こうやって文章にしている事自体がなんとも面白い。

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(物置部屋のパイナップルの山)

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(賑やかな一般座席車)

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(静かに過ごす者もいる)

 さて、シポーから約1時間40分、やがて列車は少し賑やかな駅、クアクメ(Kyaukme )に到着する。ここでも売り子の群れが襲ってくるが、何やら身なりが綺麗な学生の集団らしき者たちが乗り込んできて、私を見つけては英語で突然話しかけてくる。

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(英語教室の学生さんと先生〈右〉)

 手短に話を聞いていると、彼らは外国語教室の生徒と先生のようで、時々駅に来ては、列車の中の外国人を捕まえて、自分たちの英語を試すだけでなく、外国のことを知ったり学んだりして実地の勉強をしているのだ、と言う。日本ではなかなか考えられないシーンである。私はその中の一人、可愛らしい娘さんに話しかけられようとアピール。彼女の名前はフタインちゃん。将来は橋を設計したりと建築家になりたいのだそう。

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(フタインちゃん)

 顔に塗っている化粧は、ミャンマー独特の化粧方式、『タナカ』というものらしい。原料はとても自然に優しいもので、フリーマッケットなどで売っているMUREAEXOTICA(日本名:ゲッキツ/ミカン科)の木の片を摺って、それに水を加えて出来上がり。その顔料をどっぺりと顔に塗るらしく、かといって均等に塗るのではなく、部分的に顔に塗るスタイルだ。皮膚がまだ弱い子供も同じように化粧しているし、化粧と同時に、清涼感があって、熱帯の厳しい日やけの防止になるということだから、UVカットの役割も兼ねているのだそう。

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(ミャンマー名物‘タナカ’)

 ただ近年、外国の化粧品がミャンマーにも進出し、他の国の女性と同じように‘美白’願望が強くなった影響で、実に速いテンポで外国の化粧品に流れていっているのだそう。特に現在の大統領、テイン・セイン(Thein Sein)の時代になって以来、本格的に開放路線を採っているためにこの動きが加速している。おそらく10年後くらいという短期間で、相当タナカ離れは進むと思う。しかし、日本民族だって、オシロイや民族衣装を捨てたのだから、‘さみしい’何ていう勝手な旅行者感情丸出しはかっこ悪いのでここでは考えないことにする。

 さて、列車は クアクメを出ると、相変わらず畑や林の中をのんびりと進む。 クアクメから1時間、ナウンペン(Nawngpeng)に到着すると、列車は何と信号待ちをしているではないか。そう、ここで唯一の上下行き違いを演じるのだ。

 こちらの方が先に到着して5分ほど待っていると、やがてマンダレー方向から同じような機関車を先頭にしたラーショ行の列車が‘ゴゴゴゴ〜’と到着すると、貴重な貴重な上下2本の列車が並んだシーンが発生する。その賑やかさは他の駅の比ではない。ほんの僅かな2本同時停車の時間の下で、売り子の群れがあっちへこっちへと散ってはあっという間に祭りの終わりの汽笛が鳴り響き、こちらのマンダレー行きが先に発車していく。

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(大いに賑わった瞬間)

 そして ナウンペンから約1時間、今日のスーパーゴールデンタイム、ゴッティー橋(Gokteik Viaduct)が眼の前に現れる。これを目当てにこの列車に乗っているようなものなので、続きは次回に・・・最終章は近い

(11に続く・・・)

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posted by kazunn2005 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行