2012年03月29日

クロちゃん 最後の春



 23年間連れ添ってきたクロちゃん、想えば私が高校生のころからずっと自分の生き様を眺められてきたわけだ。

 そのクロちゃんがまもなく生涯を終えようとしている。

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 (20年前のクロ)

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 (そして今のクロ)

 どんどん体が小さくなっていくので先日、かかりつけの動物病院(小泉純一郎邸のとなりのとなり)で診察を受けたところ、甲状腺が弱っていて衰弱過程にあることを改めて痛感した。

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 (病院行きを嫌がり、悲しく泣くクロ)

 2006年には5.12kgあった体重は、2006年4.95kg→2010年3.84kg→2011年3月3.05kg→2011年10月 2.88kg→2012年 2.58kgへと衰弱してゆき、ついに3月に入って 2.38kgとなってしまった。

 今のクロの状態は、じっとしていてもマラソンをしているような状況で、水や食べ物を食べても燃焼しやせこけてしまう感じだ。

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 (水を飲む、飲む、そして飲む)

 診察中は先生に噛み付こうとするなどまだまだ抵抗心は旺盛なのだが、以前と比べてその迫力はなくなってる。右足もおかしいので、貯まった粘着液を注射で抜き、とりあえず診察終了。

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 (おとなしく診察を受けているようにも見えるが・・)
 
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 (爪の手入れに入ると先生に牙を・・・)
 

 人間と同じように薬袋をもらい、何とか強引に米粒の半分ほどの固形の錠剤を飲ませ、ここ1ヶ月間、1日2回、彼女を追い回しては飲ませてきた。

 クロは私の顔を見かけるや否や、『またクスリか!?』と察知し、嫌な顔して逃げようとするが、私も心を鬼にして捕まえては、少々力ずくで口を開けさせ、‘ポン’と瞬間的に口の奥のほうへ放り投げてきた。

 しかし私の今は家と職場の往復であるセブンイレブン状態なので12時間きっかりで投与できないのが辛いところだが、何とか1日2回は実行してきた。

 今日、クロはついに自分から食べ物を食べなくなってしまった。薬だけでなくえさまでも強引に口に含ませる状態となり、ついに来るべきものが来るかな〜、と覚悟をしなければいけない時がさざなみのように迫ってきている。

 ネコは飼い主を慕い、その傍で生きるより、その家に住み着き、空間に愛着をもつ動物だ、と言われているが、クロが生きた23年間のこの家、そしてこの近所のコンクリートと花壇の雑草に別れを告げる。

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 (久しぶりのひなたぼっこ)

 本日は久しぶりの休日だったので、クロを春風漂う外の庭に連れ出し、お天道様に照らされた枯れた芝生の上にチョコンと置いた。

 毛が黒色なので、お日様の陽はすぐにクロの体を暖かくするが、風が少し冷たいからか、10分ほどして家の玄関へ向けて歩き出してしまった。

 ノッシノッシとよろめきながら進むクロだが、何とか自力で5段ある玄関の階段をのぼり、そして家の中に戻る。

 動物を飼えば必ずしや別れがやってくるのは宿命。私はそれが嫌なので子どものころは犬猫を飼いたくなかった。その記憶がまた巻き戻り、今度は23年も一緒だった愛猫とも別れることにその想いが一層強くなってしまう。

 さあ、最後の奉公としてめいいっぱい看病に努めよう。

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posted by kazunn2005 at 21:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月19日

映画『MIS、(ミリタリーインテリジェンスサービス)』の記事

 仕事の帰り道だった。時計の針が午前へ回るころ、何も考えずに歩きながら路面が濡れている裏路地に吸い込まれた。すると、とある小さなカレー屋が眼に入った。馬車馬のような一日の末、空腹が悲鳴を上げていたので、ほんの少しの迷いの挙句そのカレー屋に入り、置いてあった読売新聞を片手に持ってテーブルについた。

 政治面、国際面と眼を通しているうちに、ふと小さな記事が眉毛がつまづくように留まった。それは、私が尊敬する監督の映画に関するものだった。

 その映画は、『MIS (ミリタリーインテリジェンスサービス)』。すずきじゅんいち監督のアメリカ日系人部隊シリーズ第三弾だ。記事は、ロサンゼルスで上映された映画を読売新聞ロサンゼルス支社の記者が鑑賞し、その評価と内容に関する話が書かれていて、それが右隅にやや大きく掲載されていた。

 MISとは、かつて日本とアメリカが戦争状態になっていた時、アメリカに籍をもつ日系人で編成された情報部隊の事である。アメリカに籍を持っているとはいえ、彼らの父母や祖父母は日本から渡ってきた日本人移民。特にMISのメンバーは日本滞在経験があり、また日本語が堪能。よって祖国愛のため、100%、敵国日本を憎む事ができず、かといって忠誠先はアメリカ。それが返って辛らかった。

 そうした祖国愛と本国への忠誠心をアメリカという国は利用した。戦時中、捕虜となった日本兵を詰問する任務にあたり、顔カタチが日本人である風貌に多くの日本兵捕虜は心を開いた。

 一方、戦争前に日本に帰国した日系人もいて、彼らの多くは戦場に狩り出された。太平洋の小さな島で同じ境遇を経たり、場合によっては肉親同士だった日系人たちが同じ戦場で敵味方に分かれて戦っていた事もあった。

 そのような悲劇を経て敗北し、廃墟となった日本。戦後、MISはその後の復興や憲法製作にも携わったので、戦後から続く現代日本の礎は彼らの汗も混ざっている事にもなるのだ。

 私はまだこの映画を観ていないので詳細は触れられないが、とても興味を感じる、いや、観なくてはならない作品だと思っている。

 監督のアメリカ日系人シリーズ第一弾は、『東洋宮武が覗いた時代』(とうようみやたけがのぞいたじだい)であった。(in 2008年製作 すずきじゅんいち企画・監督[日・米合作])

http://www.toyoscamera.com/
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=9818

 そして二作目は、『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』
http://www.cinematoday.jp/movie/T0009394

 そして今回が三作目である。一、二作目とは違う点は、直接日本が関わっている点だ。さらに、情報部隊という事で長い間存在自体すら秘密にされ、MISのメンバーたちも固く口を閉ざさねばならなかった。二作目の442部隊も長年シークレット扱いだったが、近年名誉が回復されたことは有名になってきている。

 しかし、MISのメンバーは、442の部隊メンバーよりもさらに高齢の人たちが多いだけでなく、口を開いてくれるかどうか一層難しかったであろう。これは私の推測であるが、きっと監督もこの点には苦労したであろうし、長期にわたるドキュメンタリー作品の製作なのでお金の面も大変だったと思う。映画の完成は監督や関係者の努力だけでなく、監督の人間性が基礎にあり、それが作品に結びついていると確信している。映画監督というのは実に想像を超えた総合商社のような芸術職業であると、今更ながら知った次第である。

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 私は場末のカレー屋で独り寂しくカレーを食べながら記事を読んでいたが、読み終わって一息つくと、知らずと、
「俺もがんばんなきゃな」
と、本当になぜだか知らないが勇気が湧いてきた。最近文化活動から遠く離れてしまっているが、作りたいものを創る、そんな素直な生き方をしたい、と改めて思ってしまった。 
posted by kazunn2005 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記